人が1日でできることとちょっと不思議な話 その5(最終話)

「うまかったよー!」

そうおっちゃんは笑う。私は体から引き伸びる水にどっぷんどっぷんしながら

「しかし大変な恐怖でした」

ポタポタと水を滴らせながらいう私におっちゃんは笑う。力を抜けないと呼吸ができなくてパニックになって、海の底で恐怖に呑まれてしまう人も一定数いるらしい。特に筋肉量が多い男性がなりやすいと言っていた。

そうだよね、わかるぞ。だって上も下も横も……水!!!!!何かあっても息できないし、体が沈んでいくし、呼吸の仕方が変わる恐怖って半端ない。恐怖に呑まれたらお魚と遊んでる場合じゃなくなるしね。

そして海から上がって、シャワーを浴び終わった時、職場から電話が鳴る。

「中嶋先生、あのファイルどこに置きましたか?」

「えーっとそれは確か……」

いやまじでこの人、今私が沖縄でピッチピチのウェットスーツ着て、髪塩水でしょぼしょぼにしながら電話取ってるなんて夢にも思わないだろうなと塩辛い唇で喋りながら、ふと思った。

そして要件が終わり、昼下がりの夕暮れに向かう直前の沖縄を、私は一人おっちゃんとダイビングのお店に戻っていた。

ところどころで沖縄の地元の方の会話が聞こえる。もう方言というレベルを超えて何を言っているのかマジでわからなかった。琉球王国。シーサーたちが、どのお家の門にいて、笑っているようだった。

「沖縄ではね、7代上のご先祖様は、もう神様と同じ扱いになるんだよ」

 目を丸くして、初めてきく話に私は耳をすませた。

「沖縄にはどうして?観光かな、どれくらい滞在するの?」

「えっと前から話を聞いていたおじいちゃんのユタに会いに、今日の深夜に来て、夕方には帰ります」

「え?!なにそれ!!クレイジーすぎるそんなの聞いたことないよ」

「私も自分の口から初めて聞いてます」

からっと笑ったらダイバーのおっちゃんはまじまじと私をみていった。

「ユタは普通じゃ会えない。あの人たちは血でなる。僕たち沖縄の人たちは、ツテを使って、結婚や出産など、大事な時に会いに行くことが許された人たちだよ」

「そうなんですか」

驚きながら、窓の外を眺める、遠景には青空の中に、雲がポツリと浮かんでいる。

「しかもユタはほとんどが、女。その人すごいレアな人だね」

確かにな、と私はそれを聞いて思った。先ほどのおじいちゃんとの景色や、夏の終わりの風のぬるさが不意に思い出された。

「なんだか思ったんですけど、この土地は不思議です。神も仏も、自然も精霊も、先祖も、見えないものが当たり前のように空気としてこの場所に馴染み、守っている。そんな感じがすごくしますね」

ダイバーのおっちゃんは黒焦げの顔を私に向けてにっこり笑った。

「そう、それが沖縄」

不思議なお客さんが来たんだ、と同じダイバーの人に嬉しそうに話すおっちゃんに手を振り、私は帰りの飛行機に乗るために空港に向かった。

沖縄は、私にとって本当に人生を変える転機となる場所。そのことを一番最初に実感した、初めての沖縄へのフライト。

スカイマークの飛行機で、星屑みたいな光の粒を見下ろしながら、その日1日にした体験を思い返しながら、まばたきした。

私がその日自分の足で学んだこと、それは。心に従い、勇気を持って、自分の望みを実行に移すことで。

人は1日の中で、会えるかどうかもわからない人に会いに行き、空と飛ぶことも、海の底に行くこともできるんだ。

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