つれづれなるままに、人生で起きたこととか、自分が心に残しておきたいこととか書いていこうと思う。
私は学校で働いてたんだけど、自分自身が、義務教育も、高校も、大学も出た。それでまた教員免許をとって学校に戻って、なんていうんだろう、子どもから大人になって、それで世の中で体験できる範囲ってさ、これだけしかないのかなーっていうのをずっと感じてた。
大人ってあーしなさい、こーしなさいってすごい言うけれど、それ以外のことは、大人たち、とくに先生たちはやったことないのかなってずっと感じてた。自由に生きたい。
正しさの網からあぶれた子たちは、ぐれたり、反抗したり、閉じこもったり、苦しいんだろうなっていうのがすごく伝わる。
そんな気持ちを抱えたまんま、先生やって、こどもたちにあーしなさい、こーしなさいっていう立場になって、まぁ自分の気持ちが揺れ動く揺れ動く。
小さな箱の中にきゅっと集められた子供たちと、一人の先生って名前の大人。
一人の大人が、正しい導く人として、子どもたちをまとめる。
「先生、なんでこれってダメなの?」
「先生どうしてこうしなくちゃいけないの?」
かっこつけて答えようとして答えられず、真剣に聞き、話し合った結果……私にもわからなかった。ってことも多々あったわけで。
先生が完璧な正しい人なわけないっていうのが、はからずしも自分で綺麗に証明される。
教科書通りじゃあったかさってわかんない。正論とか、正解って人を裁くためによく使われてるなって、思ってた。しかもその正解の裏側には、誰かの都合が隠れていたりすることも、まぁよくあるわけで。
教育ってさ、その人がその人らしく、いきいき生きるために得るものだといいな。自分自身を知って、人生の舵をきる力を得るものだとすごくいい。
種から芽が出たら、お水あげて、大きく伸びるような、そんなイメージ。
心が愛情たくさんもらって、自由に大きくなって、気がついたら、またその人も愛情をあげれる人になるような、そんなイメージ。
私は人の心にすごく興味がある。
その人の心が何を感じて、どんな良さがある人なのかなーってすごく興味がある。
子どもたちが見せてくれた思いやりに感動したり、はたまたむき出しのえげつない悪意とかにも、思わず目をみはったりする。
でも別に、それは自然なことだと思う。私にもあるし。
だから、子どもたちの毎日が、どうしたら、心から楽しんで、大きくなるんだろうってすごく思う。
それってたぶんやり方ひとつじゃないだろうし、人によっても違うだろうし。顔かたちも心も、人生も違うのだから、生き方だって一個じゃないはず。学校から卒業した大人だって、今まさに、生き方に悩んでいる人々もきっといる。
世界に一人しかいない人々が、それぞれの輝きで、日々を宝箱にできたらいいのに、とずっと思っている。
